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0しまむらくん3
2月21日は食糧管理法が制定された日です。

1942年、太平洋戦争のさなか、東条内閣によって制定されました。
 

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食糧管理法の主旨は国内の食糧、主に米を政府が一括して統括管理する食糧管理制度であり

国内の農家の生産した米は政府が全量を定額で買い上げて備蓄し、

その後に政府が指定した統制団体である米穀に米を配給し、国民に売って供給します。

こうした米の流通を政府が統括することで戦時において食糧不足が発生したときに

米価が急上昇したりするのを防いで国民に米を行き渡らせることが目的でした。

 

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国民はこのような米穀通帳を配布され、
米穀で米を買った際に通帳に購入記録を記載します。

こうして国民が米を買った量を記録することで
国民一人あたりの米の購入量が把握できます。

そして国民一人あたりの米の購入限度量を設定して国民が買える米の量を制限します。

そうすることで国民への米の供給量を調整することができるのです。

戦時中から戦後の食糧難の時期まで、
こうした米穀通帳による統制が行われました。

 

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時は流れて戦後の高度成長期。

このあたりから日本は戦後の貧困から脱却して米の生産量が飛躍的に伸びました。

1969年には米の生産量が1400万トン、
明治以来初めて米の100%自給を達成しました。

しかしその後は高度経済成長で国民生活が豊かになるにつれて食の欧米化が加速し

小麦の消費が増える一方で米の消費量は急速に減少し、
今度は米が余るようになりました。

そうなると政府は今までのように米の全量買い上げの負担が大きくなって財政が悪化。

ついに全量買取りを止めて農家による米の自主流通を認めるようになります。

これが自主流通米です。

その後は米の生産過剰を防ぐために生産調整が行われるようになります。

 

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こうした政府の統括から外れた自主流通米が国内に流通するようになると

本来の政府が統括する政府米の需要はさらに低下します。

自主流通米を買うことで必ずしも政府が配給する米を買う必要はなくなり、

政府が発行していた米穀通帳は必要のないものになっていき、
制度は形骸化していきます。

こうした食糧事情の変化によって食糧管理法は時代に合わなくなっていき、

1994年に新食糧法が制定、翌95年に施行され、
従来の食糧管理法は廃止されました。