殺害
1:2010/03/14(日) 16:58:15 ID:
司馬の「義経」を読んでフラストレーションがたまったので建ててみた。
うまくやってたら頼朝と北条氏を倒して義経が天下取れてたと思うんだよね。

263:2012/10/06(土) 10:29:46.93 ID:
>>1
悪いことは言わないから、司馬なんかやめとけ
2:2010/03/14(日) 17:02:16 ID:
お、建てれた。

平泉が動けば結構簡単に鎌倉は倒せそうだとおもうんだが
3:2010/03/14(日) 18:29:23 ID:
仮に義経が天下を取れても、彼に頼朝のような政治手腕はなく
室町幕府のような不安定な政権になったと思います

36 :2010/03/21(日) 09:40:33 ID:
>>3
鎌倉幕府も十分不安定な幕府だったと思うが。
やっぱ徳川幕府に比べると鎌倉も室町も駄目だったと思う。
4:2010/03/14(日) 18:40:47 ID:
政治的手腕ないのかな?朝廷から官位もらったりしたのって
意外と対鎌倉を考えてたんじゃないかと思うんだが。

まあそれにしても部下に政治のうまい人がいればな。あの時代武士で
政治うまいのなんてほとんどいなさそうだが、
5:2010/03/14(日) 18:53:43 ID:
弁慶がいるではないか
6:2010/03/14(日) 20:05:22 ID:
弁慶は僧侶だしもっとちゃんとしたのが付くべきだったかな。
7:2010/03/14(日) 22:18:46 ID:
朝廷から官位貰う時点で、政治的駆け引きダメダメなような気もするが
それに戦術的天才であっても
あのやり方は古参の武士には受けが悪いような気がす
結局は誰もついてこなくなるのがオチなような?
8:2010/03/14(日) 23:59:39 ID:
西国での平氏追討は戦術家としては優れていた。
しかし、問題なのは、官職云々もだが、
御恩と奉公の関係が分かっていなかったのでは。

義経は頼朝の名代だ。だから手柄を立てるべき立場ではない。
作戦は考えても良いし、実行しても良いし、戦っても良い。
実は戦闘そのものはあれで全く問題なく、勝利した。
三種の神器の問題はあるが。
問題は、その戦果を義経の手柄にしてはいけないという事だった。

例え義経のおかげで勝ったとしても
「鎌倉の御家人たちの奮闘のおかげで勝つことができた」
という風に義経から頼朝に報告するような形があれば、
その後の展開は大きく変わっていたことだろう。
10:2010/03/15(月) 12:33:58 ID:
有る意味頼朝が化け物すぎる
11:2010/03/15(月) 18:15:06 ID:
ん?
頼朝は実はたいしたことないと思う。後の歴史考えると
多分北条一族が凄かったんじゃないかな?
頼朝は北条一族の操り人形って感じするわ。
12:2010/03/15(月) 19:26:34 ID:
頼朝の頃はまだ頼朝自身の方が際立っていたんじゃ?
頼家・実朝の外戚が北条氏だから、そこで北条氏が際立ってきたような
外戚文化だからねえ、この頃は
15:2010/03/15(月) 23:50:43 ID:
>>12
けど北条氏がそれほど力持つまでになるのを
止められなかった頼朝ってのはどうなんだろう?

結局、義経やノリヨリだかを遠ざけ、北条氏独占の時代を
作ってしまったし。結果実朝で滅んでしまったわけだし。

北条政子が一番の化け物な気がするな。
17:2010/03/16(火) 00:11:44 ID:
>>15
平氏一族の奢りと没落を見ちゃったからだよ。
平氏は身内に甘く次々に昇殿した結果、
清盛の妻の兄まで恩恵にあずかった。
挙句が、平氏に非ずんば人に非ずだし。

だから身内に厳しくしなければ
武士や世間に示しがつかないと考えたんじゃ?
16:2010/03/16(火) 00:08:18 ID:
>>12
外戚というより外祖父が時政
19:2010/03/16(火) 08:20:39 ID:
けど徳川は身内で固めたりしてるし、頼朝はどうなんだろう?
20:2010/03/16(火) 12:42:56 ID:
>>19
その身内が、KYな義経。
63:2010/03/22(月) 23:46:48 ID:
>>19
亀レスだが、徳川は身内で固めたりしていない。
というと誤解の元かもしれないが「譜代」と「親藩」の違いでいえば、
徳川一族はむしろ政治に参加できないようにした。
本家の後継者となれば別だが。

譜代は、鎌倉時代で言えば義経ではなく、関東の御家人たちだ。
だから、この部分は源頼朝と徳川家康は共通するものが大きい。

家康は政策の要諦として「吾妻鏡」を読んでいたというから参考に
した可能性もある。
創業者一族を過剰に優遇したら、拠って立つ組織が長持ちしない。
これは現代の企業も似た傾向があるが。
21:2010/03/16(火) 13:16:57 ID:
結束力抜群の平氏
身内仲が悪い源氏
22:2010/03/16(火) 13:35:54 ID:
滅びた平氏
消滅した源氏
23:2010/03/16(火) 17:52:45 ID:
けどさ平家を倒せたのは義経だけだったと思うから。下手に
平家と戦わないで鎌倉と平家が弱ったところに義経が出てったら
もっとうまい事やれたんじゃないかな?
24:2010/03/16(火) 19:35:48 ID:
頼朝と対立するまでは義経が関東から独立しているわけではないので無理
25:2010/03/16(火) 23:17:10 ID:
いや、例えば義経が平泉にいたままで
頼朝に会いに行かなければ良かったということでは?
藤原秀衡に大局観がなかった?
26:2010/03/17(水) 20:43:35 ID:
義経の戦法は関東の武士にバレバレなんだから頼朝は倒せないだろ
27:2010/03/18(木) 23:00:33 ID:
木曽と連合組めてたらどうだろう?木曽残党あたりをまとめてたら。
無理かな。

やっぱ平泉が味方について西で勢力伸ばし
関が原で頼朝と決戦とかになってたら面白かったんだが。
28:2010/03/19(金) 00:38:33 ID:
義経は西国ではエグい戦さをしたからな
相手を調略するようなやり方で攻略したら、平氏の残党を
味方にできたかもしれないが、一の谷、屋島、壇ノ浦って
奇襲戦法や船のかじ取りを射殺すなど、相手からしたら
卑怯千万のやり方で勝った。
これが後世に至るまで義経の武勇を高めたけれど、反面支持基盤が
拡大しないその場限りの戦いという事もできる。

義仲の残党も一緒じゃないかな。
義経に帰順しようなんて残党はまずいないんじゃ?
関東の武士たちは頼朝あっての関東で、
義経はその名代くらいにしか思っていないから
頼朝と義経が対立したらみんな義経から離れるよな。

この辺り、後世の楠木正成、織田信長、坂本龍馬にも似ている。

反面、徳川家康など、信長と共に滅ぼした
武田の残党を抜け目なく配下に組み込んでいるし、
後北条氏滅亡後は関東で北条残党も組み込んでいる。
遡れば今川の残党も。

敵を滅ぼすか、大将だけ倒して部下は引き込むかで、
その後の運命が違うような。
徹底的に倒せばかっこいいけど最終的にはしりすぼみ。
うまく妥協して支持者を増やせば最終的に勝利者、天下人。

でも後世の評価は前者の方が高くなる。
どちらが幸せな生き方なんだろうな・・・・・
37:2010/03/21(日) 11:55:21 ID:
義経なら幕府すら作れていない
38:2010/03/21(日) 11:57:56 ID:
>>37
朝廷に贔屓にされてる義経なら征夷大将軍ぐらいもらえるでしょ。
頼朝倒したらだけど。
42:2010/03/21(日) 14:32:03 ID:
幕府は武士の支持がないと開けないだろ
安定するか不安定なのかは状況にもよるけど、
多くの支持がないと幕府は開けないぞ

むしろ江戸幕府などは戦国の果てにできた例外的安定幕府で
不安定ということは、それだけ下の武士の勢力が強かったわけで
こちらの方が普通なのかもしれない
44:2010/03/21(日) 18:04:48 ID:
>>42
鎌倉武士はともかく
朝廷や一般庶民には義経は人気があったと思うけどね
やっぱり、武士の人気がいまいちなのは致命的だよな

43:2010/03/21(日) 15:26:18 ID:
幕府作れなくても関白ぐらいになれたりしないもんかね?
清盛はなったでしょ。

45: :2010/03/21(日) 19:14:30 ID:
>>43
なっとらんよw
平清盛は太政大臣

>>44
当時の一般人は義経のことなど知る由もない
平家物語以降だよ


なんか最近、無知蒙昧が増えてるな・・・・・・・・
46:2010/03/21(日) 21:31:24 ID:
>>45
そういうものなのか?
普通、その時代の著名な人物くらいは知っているものでは?
特に都の人なんかは、当然義仲のことぐらいは知っているだろうし
義経のことも「平家を倒した人」くらいには
分かっていそうなものだけど。
凱旋もしているんだし、知らないことは余程興味が無い限り
ありえないのでは?
48:2010/03/21(日) 22:53:12 ID:
>>46
「一般庶民」という話もいろいろで、
地方の人間は源氏だ平氏だが分かるかもしれない。
都に住んでいる人間はやや消息通だろうが、
それでも義仲を倒したのも、平氏を追討したのも
「源頼朝軍」という認識だろう。
その武将である九郎義経は、よほどの消息通でない限り知らない名前だ。
朝廷から叙任を受けた後は少しは知られるようになっただろうが、
その活躍であるとか、こんにちの我々が義経について
持っているような情報は、そのほとんどが
平曲(平家物語)が琵琶法師などにより広まって以降の話となる。
49:2010/03/21(日) 23:38:42 ID:
>>48
なるほど。そういうことなら理解できる。
ありがとう。
58:2010/03/22(月) 22:34:06 ID:
朝廷で出世しようとしてた義経に対して頼朝が
対朝廷だったわけでしょ?

頼朝もちゃんと義経に説明してれば良かったと思うんだがな。
64:2010/03/22(月) 23:53:34 ID:
藤原秀衡がもっと長生きしていたら義経が頼朝に勝てたかに興味があります
65:2010/03/23(火) 19:34:41 ID:
奥州17万騎だっけ?の実力はどんなもんだったんだろう?
小説とかだと。義経がいなくなった後、頼朝対奥州になって奥州
はあっけなくやられたみたいな感じになってるけど
戦闘行為はあったんだよね?
それこそ壇ノ浦とかレベルの戦だったんじゃないの?
66:2010/03/23(火) 22:23:55 ID:
秀衡は66で亡くなったんだろ?
当時では順当な死だよ

それに秀衡死後の奥州はバラバラ
泰衡の急襲で討ち取られるような義経が勝つわけねーよw
67:2010/03/24(水) 10:42:26 ID:
>>66
>討ち取られる
これは、正しくは間違い。
細かいところを気にしないんだったら別にいいんだが
68:2010/03/24(水) 14:10:50 ID:
政治的に奥州は追い詰められたからな
で、秀衡が生きていたら頼朝に勝ったかもしれないけど
それは秀衡が勝ったのであって義経の勝利ではないね
86:2010/03/25(木) 20:59:53 ID:
頼朝って戦らしい戦はしてないよね。
戦場に出させたら普通に負けると思う頼朝って。
馬もろくに乗れないみたいだし。
87:2010/03/25(木) 22:38:45 ID:
頼朝の周りはみんな戦らしい戦をして勝ってる奴ばっかだぞw
101:2010/03/26(金) 23:19:20 ID:
なんか頼朝ってやたら評価たかいみたいだけど
具体的になにがすごいの頼朝って?
103:2010/03/27(土) 00:05:00 ID:
>>101
武家にしては良い血筋。
征夷大将軍となって初めて武士のみに近い状態の政治を行った
鎌倉幕府を開いた
13歳で流罪になってから、父の仇をとった

・・・と名目上は言われている事。
104:2010/03/27(土) 07:46:04 ID:
武家による政治ってなんであんな形になったんだろう?
幕府を開くって発想はどこからきたのかな?先人に倣うなら
平将門みたいな事しちゃいそうだが。
105:2010/03/27(土) 14:53:56 ID:
独立しようとした平将門は失敗した。
独立というのは、相手が(朝廷が)諦めるまで戦い続けるしかない。
平清盛は朝廷内で政権を取ったが貴族になってしまい、
新興台頭貴族として反感を買った。
いずれも、朝廷の味方をする勢力に滅ぼされた。

頼朝は、そこで「朝廷の味方をする勢力」に徹したのが勝因だと思う。
後の枠組みは奥州藤原氏に近いかもしれない。
藤原秀衡は陸奥守にして鎮守府将軍、
またそれを頼朝が討伐対象にしたこと、源氏はかつて
奥州支配を企て(頼義・義家)その連想から征夷大将軍を望んだのだろう。
朝廷の存在を前提として、実質的に政治を行う組織となった。
106:2010/03/27(土) 17:49:18 ID:
幕府って朝廷の関東出張所だろ
107:2010/03/27(土) 20:19:40 ID:
けど平将門の時代と違って貴族達より武力があったわけだから
簡単に転覆できたと思うけどな。承久の乱なんてそうだし。
109:2010/03/28(日) 01:17:41 ID:
>>107
なぜ伊豆の流罪人頼朝に関東の武士が集まってきたかといえば
「源氏」だからだろ?
そして源氏ならなんで集まってくるかといえば、貴種、すなわち
都の高貴な人の一種だからだ。

そんなセンスの日本人が貴族を倒せるわけがない。
武力で倒せても滅ぼしたりしない。
頼朝にしたってそうだ そんなことをしたら自己否定だ。
源氏は三代で滅びたけど、摂家将軍や皇族将軍を迎えて幕府を
存続させたことを考えると、結局日本人が望む求心力って自分
から作ることができずに既存の権威を頼むという発想でしかない
事が良くわかる。

しかし日本人はだから「応用力」が身についたんだと思う。
一から発明はなかなか出来ないけれど、既存のものをより良く
便利な風に仕上げていく能力というものは日本人には昔から
備わっていたんだな。その能力は現代の日本人も受け継いでいるよ。
110:2010/03/28(日) 02:39:20 ID:
義経みたいな馬鹿でも法皇には頭が上がんなかったもんな
日本では馬鹿でも応用力があるんか?
113:2010/04/01(木) 17:02:00 ID:
朝廷を倒そうとしたのっていなかったのかね。
義仲はちょっとそういうところあったと思うし。
後は信長ぐらいかね。
114:2010/04/01(木) 21:56:15 ID:
平将門は関東一円を支配できれば満足だった感じだしなあ
115:2010/04/02(金) 03:52:57 ID:
つ足利義満
116:2010/04/02(金) 09:26:18 ID:
足利義満ってそういえば中国から日本国王みたいな判子もらったんだっけ?
あれって日本史上どういう位置づけになってるだろ?
皇室を優先する大日本史だっけ?とかでは大悪人かな?
145:2010/05/17(月) 20:50:27 ID:
>>116
天皇はその名の通り「皇帝」って位置づけだし
位の下がる王なら問題ないんじゃね
家康だって貰ってるし
118:2010/04/08(木) 00:47:27 ID:
頼朝も奥州藤原氏の関東版をやるつもりが義経が
西国で平氏を滅ぼしちゃったんで勢いで全国統一しちゃったって感じな気がする
最初から統一までしようとはしてなかったように見える
自分の周り(関東)の武士が土地持てればいいじゃん程度じゃねーかな元々
119:2010/04/08(木) 01:40:27 ID:
>>118
それでは平将門と同じなんじゃ?
平忠常もだめだったし、関東・東海くらいじゃ済まない
対抗勢力をすべて排除しなければ根本的な解決にはならないと思ってたはず
そして朝廷とは別に政権をという考え方もあったとオモ
「天下草創」だしね
これは奥州藤原氏も滅ぼした後の書状(九条兼実宛て)に出てくる言葉だけど
平氏も奥州藤原氏も打倒しなければ関東は安穏とはできないという考えはあった
平氏も関東を平定しなければ平氏の天下が続かないと思ってただろう
奥州藤原氏はちょっと別格
これは蝦夷の地域が昔から別の地域だという発想があったからでは?
120:2010/04/08(木) 21:46:50 ID:
>>118
東国の武士を動員するにはそれなりの理由があったはず
121:2010/04/09(金) 21:31:40 ID:
実際義経がいなかったら

平氏が西日本 頼朝が関東 で東北が奥州藤原

で三国時代に突入してたんじゃないかな?
123:2010/04/12(月) 21:46:57 ID:
京都まで来た東国武士の数は、誇張で千騎程度が実際かなぁ
と思ってたけど、九州まで東国武士の兵站と士気がよく持った
なあと思ったら、西国の戦いでは朝廷のお墨付きの力も借りて
九州とかの西国武士を動員してるんだな。
125:2010/04/18(日) 21:44:46 ID:

★源頼朝
政治◎ 奸悪 卑怯 家康がかわいく見えるほどタチが悪い
軍事△ ほとんど戦功はなし 陰湿な暗殺指令を連発

★源義経
政治× 白痴のレベル
軍事◎ 信長と並ぶ世界史上の不世出の天才

★木曽義仲(源義仲)
政治× 白痴のレベル
軍事○ 源氏の中では義経の次に優秀

★新宮行家(源行家)
政治◎ 根回しで源氏を平家討伐に立ち上がらせた策士
    卑怯で恩知らずで節操がなく自滅
軍事× 戦うと必ず負けるw

★源範頼
政治× 白痴のレベル 
軍事× 白痴のレベル

★北条政子 頼朝の妻 女で実質的に将軍になった唯一の人物
政治◎ 奸悪 卑怯 冷血 頼朝が善人に見えるほどタチが悪い
軍事-
126:2010/04/18(日) 22:59:29 ID:
>>125
義経と義仲の政治力が同じという事は無いだろう

義仲は△か△~×あたりにしておくべき。
あと、載頼・・・。
源平初心者が考えそうな表だな・・・。
127:2010/04/19(月) 23:21:29 ID:
>>126
確かに義仲の方がマシだけど、レベル的には似たようなもんじゃねw
だって、義仲は行家を立てて、裏切られ振り回され、自滅してるから
義仲より政治痴呆だった義経も、行家を立ててたが、
騙されてはいないからねw
どっちもどっちだよw
128:2010/04/24(土) 09:20:13 ID:
新宮行家って司馬の「義経」見て知ったけど政治◎でもないでしょ。
129:2010/04/24(土) 09:29:39 ID:
司馬の小説で歴史語るなよ…
130:2010/04/25(日) 23:58:12 ID:
司馬の小説ってなにか問題点あるの?
131:2010/04/26(月) 01:13:48 ID:
>>130
一人の人が書いているんだから当たり前なんだが、
作家にとっての
歴史上の人物に対しての印象の良し悪しなんかが出やすいんだよ。
特に司馬の作品は、「功名が辻」で山内家から言われているように
偏っているといわれている。
132:2010/04/26(月) 05:03:17 ID:
つか司馬はAの歴史エピソードを
Bのエピソードにすり替えるというパターンをよくやる
133:2010/04/26(月) 18:34:04 ID:
ちなみに司馬の「義経」ではどの部分が印象で書かれてるの?
134:2010/04/26(月) 21:26:48 ID:
>>133
唐綾の描写や彼女か話した奥州関連のことは
根拠のないものが多いからな…。
ここは、あまり鵜呑みにしないことだ。

あと司馬は義経を
「政治能力皆無で、愛に飢え、軍事だけは世界の三本の指に入るくらい天才」
と評しているが、人によっては
「軍事の天才じゃなくて、ただの卑怯者」とか
「実は後白河法皇に取りいったから、政治能力もあるんだよ」とか
言ったりもするし…。
137:2010/04/27(火) 17:45:10 ID:
人によってはじゃなくて、普通にただの戦知らずの大将だろう
司馬のは適当に書き飛ばしただけ
少なくとも平家を追い込んだ上で神器と天皇の奪還と引き換えに降伏を許す、
と言う戦略には齟齬を来たしてる
138:2010/04/27(火) 20:45:24 ID:
つか自分が源頼朝の弟であるってことをサッパリ忘れて行動しているよな
御家人連中を功績を争ったりしたらダメだろ
153:2010/08/19(木) 05:36:22 ID:
>>138
頼朝の弟であることに意味なんかないよ。
頼朝の言う通りにしたところで、蒲と同じ道を辿るだけ。
てか、頼朝が無力だから義経も蒲も死んだんじゃん。
北条は良き補佐役になってくれるであろうし、邪魔者は片付いたし、
これで未来は頼家のものって、この無邪気さこそが痴呆というんじゃないの。
139:2010/04/29(木) 12:16:33 ID:
司馬の小説だと義経は戦に美意識持ってた
みたいに書かれてるのと当時卑怯とも取られかねない
戦法取ってたことがかみ合ってなかったと思うんだが

どうなんだろ?
140:2010/04/29(木) 23:37:17 ID:
チート使って俺tueeeeすることに美意識を持っていたゆとりってことだろ?
141:2010/04/30(金) 00:02:48 ID:
けど頼朝が不意打ちした時はなんかこれが戦なのか?
みたいに疑問視してるんだよな。
司馬の義経。
142:2010/04/30(金) 01:39:50 ID:
司馬はノリで小説書いているんだから整合性気にしちゃダメだ
話の途中で「筆者は~」とか言い出してしょっちゅう腰を折る時点で気づけ
143:2010/05/06(木) 14:28:50 ID:
貴族気取りで平和ボケしてた平家相手に慣習破りで勝っただけなんだよな
同じ東国武士相手の戦いだと義仲相手に圧倒的大軍で勝ったのか
平泉で圧倒的大軍になすすべも無くやられたのしか無いからなあ
勝つ為になんでもやるってやり方は天才とは違う気がする
148:2010/05/20(木) 17:03:43 ID:
司馬の義経ってあれ人気なくて打ち切りとかだったのかね?

小説ってマンガみたいに連載してるのかどうかしらないけど
ジャンプの10週打ち切りマンガみたいだった。
149:2010/06/06(日) 20:33:21 ID:
平泉のラストは1ページくらいだった
151:2010/06/08(火) 19:47:22 ID:
義経が逃げる途中でウンコ漏らしてたら勝ったかも知れないとふと思う
152:2010/07/03(土) 01:19:11 ID:
>>151
帰ってから自分を絵師に自分を描かせるくらいでないとな
154:2010/08/19(木) 13:46:40 ID:
義経と頼朝が仲良く出来れば、北条を駆逐できたかも。
155:2010/09/04(土) 16:15:52 ID:
もっと兄弟で会話すればよかったのにな
156:2010/09/05(日) 00:32:25 ID:
会話ってw

当時は兄弟は相続上の敵でしょ。親・子でさえ犠牲にしても自己の権力を
維持しないといけないわけだから。
158:2010/09/13(月) 01:55:50 ID:
郎党を食わせていかなきゃいけんもんね
大将は辛いよ
162:2010/10/11(月) 11:56:53 ID:
平泉ってなんであんな簡単に頼朝に負けたの?
163:2010/10/13(水) 20:21:56 ID:
>>162
「追捕使」「地頭」でもって武士の地位を「非人」から「国の公職」にまで高めた事で、
鎌倉殿(頼朝)は、全国の武士の圧倒的支持を得たから。
165:2010/10/19(火) 18:18:25 ID:
で、義経は頼朝を倒せたか?
166:2010/10/19(火) 19:08:37 ID:
東北じゃなくて西国に行けば良かったんじゃないの
167:2010/10/20(水) 00:11:46 ID:
西国に頼れる人いたか?
172:2010/10/23(土) 15:59:51 ID:
>>167
いない
177:2010/11/10(水) 05:50:27 ID:
>>172
緒方三郎惟栄、舐めるなよ
169:2010/10/20(水) 13:29:18 ID:
最初、頼朝に追われる身となって、義経は西国にいこうと思ったが、
出港の前日に嵐に見舞われ、船がみんな沈んでしまい行けなかった
らしい。
170:2010/10/20(水) 18:07:09 ID:
既に頭が居る平泉より
義経を担いでくれそうな奴を西国で探す方が展望はあるような
173:2010/10/24(日) 10:54:04 ID:
島津がいるではないか
174:2010/10/24(日) 13:37:40 ID:
島津はまだ下向してないだろ
175:2010/10/24(日) 16:34:36 ID:
島津氏が鎌倉から薩摩入りしたのは1275年
それまでは鎌倉に居住していた
178:2010/11/16(火) 10:31:18 ID:
頼朝を倒す以前に平教経が義経を仕留めたら源氏の負けだったかもね
179:2010/11/16(火) 16:12:50 ID:
そんな時はカバ様の出番ですよw。
180:2010/12/30(木) 16:43:27 ID:
秀衡の言うとーり、大人しく奥州に留まってれば良かったんだよ。
そしたら源氏と平家は相討ち・・・いや、屋島や壇ノ浦のような
義経の活躍がなかったとするなら、間違いなく頼朝が敗れてただろうに。
そのうち清盛が死んで、自動的に天下が回ってきたかもしれない。
181:2010/12/31(金) 12:47:19 ID:
むしろ立場が逆だったら面白かったかも。

頼朝:平治の乱の後の落ち武者狩りを逃げ切り、改名して奥州に逃げ込む
義経:常磐と共に伊豆に島流しされる(今若、乙若は別の所に島流し)
183:2011/01/23(日) 19:52:32 ID:
平家の亡霊が出てきたからだよjk
185:2011/01/30(日) 06:26:04 ID:
頼朝って無能だよね、政治的なことは北条がやってただろうし
186:2011/02/06(日) 17:00:02 ID:
藤原氏が全面協力すれば鎌倉倒せただろうがその後、グダグダになりそう
187:2011/02/06(日) 17:29:13 ID:
義経が九州に逃げてたら
足利尊氏とか西郷隆盛みたいに力を蓄えて
反革命とかできたかもなあ。
188:2011/02/06(日) 21:59:22 ID:
ありえねー
189:2011/02/06(日) 22:12:46 ID:
承久の乱とかで義経が先頭にたち幕府軍と戦うとかありえたんじゃね。
190:2011/02/07(月) 18:41:07 ID:
さらに奥州藤原もあるから
 
義経 頼朝 奥州

の三国志時代になったかも。義経と藤原が組んで
同時に鎌倉に攻め込むとか。
191:2011/02/12(土) 02:30:49 ID:
西国が義経の味方をしないんだからありえねー
192:2011/02/12(土) 09:07:24 ID:
義経は平家の残党をなんとか助けようとした
みたいな話なかったっけ_?
193:2011/02/15(火) 17:12:16 ID:
ない
194:2011/02/16(水) 20:28:31 ID:
残党じゃなくて清盛の不肖息子。
196:2011/02/18(金) 01:22:15 ID:
義経は坂東平家を倒せるか?
だな寧ろ
198:2011/08/07(日) 10:59:58.09 ID:
義経って戦国時代に生まれてたら信長クラス?
199:2011/08/07(日) 11:07:55.37 ID:
(ヾノ・∀・`)ナイナイ
202:2011/08/25(木) 23:11:08.86 ID:
義経っていまいち人気でないよね。なんでだろう。
女性受けしそうな人物なのに。
204:2011/10/28(金) 23:08:31.04 ID:
>>202
伝説だけが一人歩きしてるからね。桃太郎伝説の桃太郎のようなもん。
戦時教育の反動(逆恨み)で、義経を貶めようとする人もいるけど
結局は誰も本当の義経を知らないし、知ろうともしないという。
司馬や宮尾が描く義経像もえらく稚拙で伝説の域を出ないし、
あんたらは本当に「作家先生」ですか?と。
個人的にはすごく興味深い人だし、やっぱり特別な人だと思う。
だって、実父が源氏の棟梁、義父が平家の棟梁、養父が奥州王ですから。
義経の存在そのものが時代の縮図になってるといってもいい。
211:2012/03/08(木) 23:36:26.24 ID:
そもそもなんで奥州はあそこまで義経に味方してくれてたの?
212:2012/03/09(金) 14:59:07.87 ID:
あの時の鎌倉相手ならまだ勝つ見込みがあると思ってたんじゃないか?
鎌倉と戦うに当たって武勇名高く京でも人気の義経を担ぎ上げたとか
213:2012/03/11(日) 16:52:33.83 ID:
けど京で名を上げる前も義経かくまってくれてたりしたわけじゃn。
215:2012/03/15(木) 16:48:57.44 ID:
>>213
それは奥州藤原氏の盟友・藤原基成と義経の義父・一条長成が親戚だったから

京で育てれば平家から目をつけられ、寺に預けても逃げ出してしまう
かと言って愛妻の子なので殺すのも忍びない
長成はそんなどうしようもない義理の息子を遠くの親戚に預けたということ
216:2012/03/22(木) 19:25:10.68 ID:
>>213
やっぱ、ウマがあったんじゃないかな・・・。
単に源氏の「血統書」が欲しかったという人もいるけど
平家全盛にそんなもん、たいして価値ないだろうし。
後の頼朝がしたように、下手したら逆に足元を救われかねない。

なんとなく浮かぶんだよね。
犬コロのように檻を脱走し、泥塗れて白河の関を超え、
その先に広がる奥州の都を目にした時の、義経の衝撃的な顔が。
少年時代が暗く閉ざされていたからこそ、黄金の浄土都市で過ごした日々は
義経の骨の髄まで影響を及ぼしたはずだと自分は思う。
217:2012/03/25(日) 11:13:49.19 ID:
もしタイムマシンがあったら1186~87年頃の鎌倉に行って原爆を落とす
頼朝も北条一族もその他関東の御家人連中も皆殺し

この状態で義経が一から国を作り直すか見もの
218:2012/03/26(月) 15:29:41.36 ID:
義経が頼朝を倒すって構図はありえなさそうだな。義経に政治、戦略的視野が無さ過ぎる。
藤原秀衡がもうしばらく健在ならなぁ・・・。
後白河も奥州側の勢力が固まれば何をするかわからんお人だし。
221:2012/04/02(月) 20:23:41.06 ID:
>>218
義経は馬鹿というより若すぎただけ。
31で死んだんだっけ?
清盛や頼朝が31才の時どうだったか考えてみなよ。
220:2012/03/27(火) 12:57:30.82 ID:
タイムマシンに原爆かあ。

春休みだなw
222:2012/04/03(火) 10:12:02.07 ID:
むしろ頼朝があと20年長生きしていればどうなっていたかな
224:2012/04/06(金) 17:35:56.19 ID:
頼朝は優秀な息子が居なかったのが痛いな
義経と範頼をしっかり自分の膝元にでも入れて庇護してれば
息子達守ってくれたかもしれないのに
義経も義経で周りに武辺者しか居ないのが致命的だった
弁慶も戦略とかは考えられても政治とかはできなさそうだし
秀衡がもうちょい長生きしてくれたらと言うのもあるが
225:2012/04/07(土) 22:54:43.19 ID:
ただ北条氏ってなり上がり方が陰湿で嫌な感じするけど
政治家としては一流でしょ。元寇耐え切ったりしたわけだし。

226:2012/04/08(日) 14:38:40.38 ID:
北条一族(特に時政と義時)はただの政治屋って印象だな。
将軍を名乗るだけのカリスマもない、陰湿な性格ゆえに仁徳もない、
なにより華がないのが致命的で現代の評価は石田三成にすら劣る。

正直、実務能力なら大江広元の方が上だと思うし、
義経の配下にもそういうタイプの人間が一人か二人はいたのではないのかな?
能力を発揮する機会がなく歴史に埋もれてしまっただけで。
227:2012/04/09(月) 08:04:53.47 ID:
義経の配下には権力がある奴がいないでしょ。
奥州の人らぐらいか。


228:2012/04/11(水) 15:31:53.24 ID:
義経の配下ではないけど異父弟の一条能成は公家として義経に協力している
最終的には参議にまで登ってる人だから有力な政治家ではあったんじゃないかな
229:2012/04/11(水) 20:27:10.64 ID:
公家じゃなあ。

兵隊をまとめる家柄とか器のある人物が少ないでしょ。
頼朝は関東の武士まとめてたわけでしょ。

奥州と関東の戦力差がどれくらいあったかわからないけど。
せめて平家の残党とか取り込めてたらなんとかなったのかもしれないが。
235:2012/04/15(日) 22:05:00.87 ID:
直属はせいぜい二百じゃない?
「中策」に奥州を足した戦略がベストだろうが、
下策をとらざるを得なかった理由があったはずだ。
236:2012/04/16(月) 15:17:17.83 ID:
義経の手勢じゃ京は守りきれないだろう
かと言って畿内の武士が義経の味方になって頼朝を防ぐとも思えないな

朝廷工作と平家の取り込みを成功させていればまだどうにかなりそうだけどねえ
237:2012/04/16(月) 22:31:12.26 ID:
奇襲作戦なら成功させれそうだけどな。鎌倉を裏側から奇襲とかできないものか。
238:2012/04/16(月) 23:09:58.28 ID:
干潮時に海側から鎌倉に侵入するとかw
239:2012/04/16(月) 23:54:30.81 ID:
新田義貞乙
246:2012/04/22(日) 22:52:47.23 ID:
危険って言うか無理だろうね
まとまった兵力が無いんじゃまず鎌倉まで行けないし
全員隠密活動で一城砦都市を落とすってのはちょっと現実離れしてる
もし仮に鎌倉を落とせたとしてもすぐに潰されるのがオチだ
247:2012/04/22(日) 23:30:17.45 ID:
船を使えばどうだろう?鎌倉なんて海岸沿いなんだから
船で近くまで寄って上陸すればいいじゃん。
あの時代船は西国の専売特許だったんでしょ?
248:2012/04/23(月) 18:28:38.88 ID:
それだと上陸後は徒歩で戦わなきゃならなくなる。
騎馬による鎌倉奇襲より可能性が薄いだろうな。
249:2012/04/24(火) 22:27:23.24 ID:
鎌倉ってさ。

山山山山
鎌倉
町町
海海海海

って地形じゃん。
山から攻撃すれば簡単に壊滅できそうだけど。
そりゃ5~6km余裕で届くような大砲でもあれば出来るけど
そんな大砲が出るのは日露戦争くらいだし・・(;´Д`)
(by管理人ゼロウィン)
 


引用元:

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